我々は何も忘れていない

忘年会が嫌なようだ。世間的に。

正確には自分が参加するのが嫌と言うだけで、我々のんだくれが路地裏でどれだけ何を忘れようが好きにすればいいと思われてる気がするが、とにかく我々酒カス共が忘却の道連れを欲しがっていると思われているらしい。

 

一人の酒カスとしては「それは違う!」と机をドンと叩いて主張したい所である。来たくないなら来ないのが皆幸せと言うのはちゃんと分かっているからだ。なぜなら義務教育を受けているので。

ではなぜこの様な議論が巻き起こるのかと言うと…と言うところまで書いて気づいたが「忘年会に誘われるのマジ無理なんですけど」的文言は腐るほど読んだが、忘年会は最高!みんな参加しようよ!的意見はあまり見た記憶が無いのでそもそも議論にはなっていない。忘年会は嫌だねと言う事でオリンピックよりも日本の心は一つになっている。

 

なぜこんな悲しい事が起きてしまうのだろう。部署の人数二人とかでない限り「この人とどうしても飲みたい」なんて事はそんなに無い筈である。よっぽど人生が辛く見えていて「全てを忘れさせてあげよう(慈愛の微笑み」みたいな気持ちに上司(仮定)がなってしまっているとかなら別だが、基本的には全員居ても居なくてもどっちでもいい存在の筈である。貴方が常日頃からウィットに富んだバラエティー豊かな話術で持って上司の毎日をディスカバリーチャンネルの様に彩っていると言うのなら別だが、何百何万と言う人間が何百何万と言う回数吠えている「酒の席なら本音で話せるとか嘘松じゃん」等と言う意見をツイッターでうだうだ言ってる時点で絶対にそんなに面白い人間ではない筈である。

飲み会はディズニーランドでは無いので行くまでは乗り気では無かった人間が参加した瞬間に寒いカチューシャを頭に着けてダブルピースを決めはしゃぎ回ると言う事も無いだろう。

つまり楽しみたい人間にしてみればむしろいねぇ方がマシなのである。

なのに誘われてしまう悲劇。多分「酒の席なら本音で話せる」とすら考えていない奴が貴方を誘っているので、この手の本当に誰か言っているのか既に分からない常套文句にケチをつけた所で始まらない。ここでどれだけスマートに飲み会を回避出来るか、もしくは乗り切れるかを皆様に伝授出来れば僕もベストセラー作家の仲間入りなのだが、僕は飲み会が苦ではない側の人間なのでそれは儚い夢である。むしろ誘われたら必ず行くので「あいつを誘うとどんな状況でも来ちゃうから軽い気持ちで誘うのはやめよう」となり誘われなくなったぐらいである。

結論から言えば「貴方が飲み会に誘われる程度にはまともな人間なのが悪い」と言う事になる。

飲み会に参加する毎に社会的にどうかと思われる発言を度々放てば「あいつの本音を解き放ってはいけない…永遠に封印しておけ…」と王家の墓碑に刻まれ貴方は平穏を手に入れる事が出来ると言う事だ。

 

この本音問題であるが、実際の所どうなのかと言うと、まぁ皆さんご存じの通り別にそんな事はない。酒があろうがなかろうが伝えた方がいいと思った事は伝えるし言わない方がいいと思った事は言わない物である。しかし判断力が低下した結果、普段なら言わない暴言を吐いてしまうと言う事は有りうる。

難しいのが「普段はそんな事言わない人が酒によって吐いた発言」が本音とは限らないと言う事だ。酒=本音が出ると言うイメージが固まってるとそう思われがちだが心に浮かんだ神からのお告げをそのまま伝えてしまっただけと言うパターンの方が多い筈であり、大体は放った本人すら「なんであんな事を言ったんだろう…」と死にたくなっているケースが多い。まだ本音の方がマシだった状態だ。

ちなみに酒を呑んだ程度で本音をベラベラ喋れるような人間はそもそも本音丸出しか、もしくは呑むと何も覚えてないと言う事が多いので本音を喋った所で無意味である。

 

僕も己の実力を見誤りグロッキー状態に陥る事はあるが、これは概ねその場にいる人間を信頼しているからで、仕事上の付き合いがある人物が多ければそうはならない。ぶっちゃけ本音がどうとかなんとか、ほぼ全て信頼と言う名の甘えであり、記憶を無くしても許してくれる、何を言っても許してくれる、或いはもうぶっちゃけどうでもいいと言う破滅願望の現れである。友達同士ならそれでいいだろうが、会社の忘年会でこれはちょっと不味いので全員がさして酔いもせず結局本音も出ないと言う結果に陥りがちである。そもそも本当に本音が出るとしたらまず「本当はこんなところ来とうはなかった」と言う時代遅れな名言が飛び出す筈なので和やかに終わった忘年会は全て嘘で塗り固められた宴であるし、無理矢理参加させられたと言う恨みは一生忘れないと言う忘れるつもりが怨恨を心に刻みつけると言う結果になる。

どう足掻いても忘年会と言う文化は消した方がいいとなってしまう魔のフローチャートに迷いこんでしまったが、我々は何かに託つけては酒を呑みたいタイプの人間なので絶対に無くしはしない。別に会社で忘年会をしなかった程度なら自力開催に持ち込むので会社の伝統的な何かは全て爆発して貰って構わないと言うか、むしろお前らの「誰も望んでいない忘年会」のせいであらゆる居酒屋の席が奪われてると言う現状はこっちからしたら「邪魔」以外の何者でもないのでもっと積極的に潰しに行って欲しい。

 

忘年会に限らず飲み会の楽しみとは何かと言うと、これは当然お喋りである。なのでぶっちゃけ酒は無くてもいい。別に飲まなくても6時間カラオケとか余裕だし当然お喋りも出来る。僕はお酒が好きなので出来ればあった方がいいが。

お酒が入ると全員の偏差値が下がり、結果として喋る事が何も無くても延々とお喋りを楽しむ事が出来ると言うメリットはあるかも知れない。実際同じ話題を延々とループさせてるお爺ちゃんとかはこのタイプなのかも知れないがこれは別に話題に困らないタイプからしたらメリットではないので「酒が好きではない」人のメリットを真剣に考えているが何も浮かばないと言うのが現状である。悲しいな。

逆にめっちゃくちゃ喋る輩を糞ほど呑ませる事で潰せると言うメリットはあるかも知れないが、大概のうざいおっさんは酔っぱらいはしても決して倒れないと言う不滅の魔物なのでこの退治方法はあまり効果がない。うざいおっさんはヤマタノオロチよりも凶悪なのである。

 

結局楽しくない、乗り気ではない飲み会は隅っこで般若心境でも唱えながら耐えるしかないのだろうか。

否、般若心境よりももっと楽しい事がこの世にはある。人の悪口である。テーブルの隅っこで適当な奴を一人捕まえて一緒に誰かの悪口を言い合えば軽く3時間ぐらいなら過ぎる。なぜなら人生は短いので。

「あの人すごい楽しそうですよね」とか声を掛けた後に「ぼく、あの人嫌いです」と言えば相手は「おぉ。嬉しいねぇ」となり仲間になってくれる筈である。後は楽しく談笑すればいい。もしかしたら相手が少しも乗ってこないと言うパターンもあるかも知れないが、その場合そいつはいい奴なので悪口ではない普通のつまらねぇ話でも乗ってくれる筈なので即座に方向転換、芸能人がガンになったとかそういう話でもしていればいいだろう。

僕もたまに全ての唐揚げにレモンをかけると言う嫌がらせをして飲み会を盛り上げる事があり、「この普通に過ごしてる人たちの中に内心罵詈雑言を吐き後でツイッターでつまらねぇあるある話としてレモンかける人嫌だよねとか誰の心も動かせないツイートをするのかなぁ」とか想像するとそれだけでビールが進む。

結局みんなオリジナルの楽しみ方を試行錯誤していくしか無いのかも知れない。

積極的にサラダを取り分ける「女子力ごっこ」等もいい。お皿も空くし、パプリカが上に散らされているパターンのサラダの場合それを人に押し付ける事も出来る。自分はなんか、アスパラの柔らかい部分とかエビとか確保出来るし、もしも相手が「勝手に俺の皿にサラダ盛るなよ」と雑魚の負け惜しみを心に秘めているかと思えばそれだけで元気になれる筈である。もしかしたら普通に「勝手にサラダ盛るのやめて」と言われるかも知れないが、それはそれで相手の本音が出たと言うことで当初の目的を達成した訳であり、華麗にミッションをコンプリート出来たと言うだけの話である。

何も気にする事はない。胸を張って帰ろう。

よーし、これで僕もベストセラー作家の仲間入りだ。