眼鏡異端審問会

今週のはてなブログさんが掲げるお題は「過ごしやすい、いい季節」だ。この句読点になんかイラッとする。

しかし前々から思っていたのだが、はてなブログさんは本当にこれをテーマに一筆したためて見ろと本気で思っているのだろうか?

このご時世にこんな事を言うと遠い過去からデロリアンに乗った田嶋陽子が殴り込んで来そうで怖いが、絶妙にリアクションに困る話を振ってくる女性っぽい。

多分この今週のお題を決めてるはてなブログの人は「私~今、口内炎あるんだ~」とか言っちゃうタイプだと思う。怪我をしたら「ほら、これこれ」とか見せてくるタイプだと思う。

 

まぁそれは置いといて、増税前だったので眼鏡を買った。

もう5、6年使ってて眼鏡のネジはゆるっゆる、何はなくとも上下に揺れ、装備者にひたすら「眼鏡クイッ」をする事を強いてくる呪われし装備であり、レンズには歴戦の戦士のように無数の傷がつき、それが汚れや油をくまなくキャッチ、いくら洗おうが速攻で汚れを取り戻すと言う一本筋の通った頑固者ではあるが、「視力を矯正する」と言う用途だけはキッチリこなすと言う「人格に問題はあるが腕は確かな老魔術師」みたいな感じだった僕の眼鏡だが、「眼鏡が歪んでるせいで顔が歪んで見えるよ」と言う指摘をされた時に「常に歪んだ顔をぶらさげて歩くのもどうなのかな?」と思い、そのまま2ヶ月ぐらい悩み続けた末、新しい眼鏡を買おうと決意するに至ったのである。

 

しかし眼鏡を買うと言うのが以外と難しい。「視力を矯正する」と言う用途だけを求める時代はとっくの昔に終わりを迎えているからである。誰かは知らないが眼鏡をお洒落として扱い始める厄介なリーダーがそんな感じの価値観をまぁ広めてくれてしまったせいで「お洒落とか全く分からないが目が悪い奴」は全滅である。

かと言ってコンタクトにも出来ない。なぜならコンタクトをすると言うことはイコールとして「新しい私デビュー」をすると言う事であり、晴れ渡る青空の下を全力疾走した後、空中に向かってどこからともなく現れた水流と共にジャンプする羽目になってしまう。

僕ももうそんなに若くないので、そんな事は出来ない。こういう事を言うと「まだ25じゃーん」等と言われるが、世間的には若い方でも身体的にはもう若くないのが25である。

若者からは「おっさん」扱いされ、おっさんからは「小僧」扱いされ、自分自身は「まぁ…若くはないっすよ、ね…でもまぁ…おっさんでも…ない、かな…?」みたいなジャパニーズの悪い所を凝縮した中途半端な姿勢を取ってしまう為、立ち位置としては捻れの位置にいる事になる。一番「誰とも重ならない」部分である。孤独にもなる。

 

話を戻すが、全力疾走が出来たとしても、コンタクトを目に入れると言う行為がちょっと無理なので…まぁ、降ってわいたイケメンが腰砕けるようなイケボで「生感覚…体感してみませんか?」と言ってきたら話は別だが、そんな事はあり得ないので無理なのだ。

そこで、眼鏡をどうしても買わなきゃいけない訳だったのだが、まぁこれが難しい…と結構悩んだ。本人的には結構悩んだのだが、割愛する。

どのフレームにするかを選ぶまでは1時間ぐらいで決められたのだが、事件はここで起きた。

「お決まりですか~?」と近寄ってきた眼鏡男子くんに、コミュ障の僕が「ん」とフレームを差し出し、「こちらでよろしいですか~?」と確認をいれてくれた所にコミュ障の僕が「コクり」と頷くと言う最低限の言語で最初の猛攻を突破したまではよかったのだが、ここからの質問が予想外だった。

「度数は今の眼鏡と同じでよろしいですか~?」と聞いてきたので、これまた「コクり」と頷いたのだが「では、今の眼鏡をお借りしてもよろしいですか~?」と来たのだ。これは予想外だった。いや、まぁそうなるだろって話なのだが、「こいつこの面でこのフレームかよ、ハハッ。豚野郎が」とか思われてるんじゃないかと怖かったので頭があまり回ってなかったのだ。

とにかくここも無言で渡して済ませようとした時に、ふと思ったのである。

僕の眼鏡は最初に語った通り、相当ボロボロの酷使しきった奴である。それをナウで使っている現場をこの眼鏡男子くんは見ている訳であり、ここで貸したりして状態を見られたりしたら、どうか?

「この糞野郎、大人しい振りして眼鏡を虐待してやがる!!」と思われるんじゃないか?

レンズの度数を調べると言うことはレンズをまじまじと見つめる筈である。そして見つかる無数の傷、緩んだネジ、パッカパッカ動くツル、大三元である。その場で眼鏡男子くんが指パッチンをした瞬間店の奥からゾロゾロと黒服の男たちがやってきて地下に連行され、なんかよく分からない何かを延々と回させられる羽目になるのだ。

これは回避しなければならない…と思った僕は即座に「やっぱりちゃんと測りたいかも…」とかなんとかウニャウニャ言うた。実際度数は今の眼鏡で普通にOKなのであるが、虐待してると思われては僕の眼鏡人生はお仕舞いだ。

内心ビックビク怯えている僕の事など気にもせずに「じゃあちょっとお調べしましょうか~」とかなんとか言い出した眼鏡男子くんはそのまま世間話みたいなノリで「前回調べた時の視力はどれくらいだったんですか~?」と聞いてきた。

分からない。

何しろ前回測ったのがいつだかも記憶にないぐらいだし、この眼鏡を買った時は「見栄を張らずにちゃんと答えろ」と一度怒られたにも関わらず山勘で「右」「下」だの答えまくっていたので、罪悪感とどうせ適当なんだし…感も相まって全然話を聞いていなかったである。しかし、全く問題なくよく見えるレンズが出来上がって今まで活躍してくれたのだから不思議な話である。僕の目の方が眼鏡に合わせたのだろうか?人間うまく出来てる物である。

しかし、これをそのまま答えていいものか?

よく虐待のニュースなんかで、虐待死させた親が子供の誕生日も覚えていないみたいな話があった。これまで散々お世話になった眼鏡の度数の一つも把握してないとなれば「この根暗ファッキン、眼鏡を虐待してやがる!!」と思われるんじゃないか?

恐怖で混乱した僕は「いやまぁ、んふふ…見えてるので、へへ…」と全く回答になっていない返答を俯きながら言葉として発したのだが「あ、見えてるんですか?じゃあその眼鏡の度数で作っちゃいますよ~」と言われた。ハメられた。なんて巧みな誘導尋問なんだ。

さよなら、僕の眼鏡人生。出来るか分からないけど全力疾走して新しい私デビューするよ、今までありがとう…。

僕が一人脳内で荒井由美の卒業写真を流している間に、眼鏡男子はサクッと度数の測定を終わらせて普通に代金を請求してきた。あまりにも穏やかに話が進むので正直何が起きたのかよく分からなかったのだが、眼鏡虐待者があまりにも多く、もう構っていられないのかも知れない。

とりあえずお会計をしようとお財布から諭吉くんを取り出そうとしたのだが、ポケットからお婆ちゃんが「ちょっと待ちな!」と声をかけてきて僕の動きは止まった。

これまで散々虐待してきた眼鏡を捨てて、金に物を言わせて新しい眼鏡を手に入れる。完全に奴隷商人から奴隷を買う成金貴族である。これが映画だったらこの後に間違いなく射殺されるし、死体はリカオンに食われる。

そこで僕は「そんなにお金持ってませんよ~なけなしのお金で必要な眼鏡を買うんですよ~」と言うことをアピールする為、1000円札と小銭をジャラジャラ使ってギリギリ感を演出しながらお会計を済ました。せっかく虐待の罪から逃れられそうだったのに、最後の最後でミスをして死んだら元も子もない。ここまで来たら眼鏡購入と言うミッションを華麗にコンプリートして見せる。

 

まぁ、後は45分後ぐらいに受け取りに戻るだけだったので、何も無かったのだが、最後に「耳の裏に当たって痛いとか~鼻の所に当たって痛いとかないですか~?」と聞かれた際にとにかく早くこの場から離れたいと思っていた僕は「じゅげむじゅげむ」みたいな勢いで「大丈夫です大丈夫です」と連打して眼鏡を受け取って逃げるように帰宅した。

おかげで今、割りと耳の裏が痛い。しかし眼鏡が全然ずれないのである!顔も歪まない!!

ところが、長年続けてしまう羽目になった「眼鏡クイッ」はしっかりと癖として残ってしまっており、必要もないのに眼鏡をクイッとしては無意味に眼鏡を顔面に押し付けると言う奇行に走っている。

だが虐待の罪に問われる事なくのほほんと眼鏡をかけれているだけ御の字なのだ。文句は言うまい。

しかしまだ油断は出来ない。

この眼鏡を掛けてからまだ誰にも会ってないので、「死ぬほど似合ってないよ」と言われたら全てはオジャンだ。眼鏡を買うとはとにかく死と隣り合わせなのである。