奴の名は、冷子。

あんさんぶるスターズをやっている。

 

一応説明しておくと、男性アイドルがワラワラと群生する学園に唯一の女子生徒として忍び込み、ワチャワチャやろうぜ、と言うゲームである。

暫くはログインボーナスを貰うためだけに一瞬だけ顔を出して即座に離脱すると言う謎の転校生としか言い様の無い不登校ぶりを見せつけていたのだが、最近ついに真面目に出席するようになった。

 

影片ミカと言う、僕をこのゲームに誘い込んだ輩の推しキャラが誕生日だっつーのでなんかイベント的な物があり、例によって例の如く一ミリも面白くないゲームをひたすらプレイしてボイスだとか衣装だとかを貰おうと言う趣旨だったのだが、一ミリも面白くないのに妙にムキになってしまいイベントをこなしてしまったのである。

 

その際にバースデーガチャみたいな物も併設されており、一日限定でそのキャラが大盤振る舞いされると言う事だったので、限定と言う言葉に並みの主婦よりも弱い僕は簡単に釣られついつい回してしまったのだが、びっくりする程ショッパイ結果に終わった。

バースデー主役の人の為に構内を駆けずり回ってケーキの材料を集めたと言うのに一ミリも甘くない。少しくらいお裾分けしてくれてもいいのでは無いかと思ったがそう簡単にはいかないらしい。

ちなみに僕を誘い込んだ輩は見事最高の結果を出したらしく、気軽に「おめでとう!僕はダメだったよ!にゃはは!」と話しかけたら「ありがとう。壁一面に推しを貼って挑みました」とヤベェとしか言い様の無いヒーローインタビューを食らい思わぬダメージを受ける羽目になった。壁一面に推し。僕の脳裏にはGTOでヒロインらしき女教師にストーカー行為を仕掛けていたヤベェ教師の部屋の映像が浮かび、迂闊に触ってはいけない領域だったと反省した。

よくよく考えたら、キャラクターの属性、特に見た目を好きになる行為、つまり「黒髪が好き」だとか「オッドアイが好き」だとか「BMI値が低そうな人が好き」だとかそういうのも、「手の綺麗な女性が好き」とかそういう理由で殺人を繰り返すシリアルキラーみたいな発想である。

僕は自分がやべぇ奴ばっかがいる学園に入学してしまったな…と、戦々恐々としていたが、あいつが送り込まれた学校からしてみたら「やべぇ奴が入学してきてしまったな」と言う感じになるのかも知れない。僕が転校してきた世界軸にいるアイドル諸君は自分達の運の良さに感謝し、ガチャに少しでいいから色をつけて欲しい。

 

まともにゲームに触って無かった僕には、ガチャを回すのに必要な石を手に入れる機会がふんだんに残されており、それをかき集めてもう一度バースデーガチャを回したのだが、結果はお察しである。

その一貫として「そういえばこのゲーム、ストーリーがあるよな?」と思いだし、ストーリーを読んだら石貰えるかもなと、ずっと放置してきたストーリーを読んでみることにしたのだが、思いの外重くてびっくりした。

唯一の女子生徒、俺がいるとは言え、男子校である。もっとバカみたいなテンションで進むのかと思いきや「革命を成したい…力を貸してくれ」と言うまさかの異世界転生物みたいな展開であった。

アイドル同士が切磋琢磨、互いに競いあいながら輝きを増していく所を物陰からグフグフ言いながら眺めようと思っていたのに、実際に目にしたのは生徒同士がガチで敵対し、割りと容赦のない罵詈雑言を吐かれた主人公たちが尻尾を巻いて逃げ出す所だった。ついでに僕は顔を踏まれて気絶した。

まだ全部を読めていないので、こっからどう転ぶかは分からないが、生徒会と言う所に属する生徒達が完全に権力を握っており、他の生徒達はほぼ劣等生みたいな扱いになっている。個性とか夢が認められておらず金を稼げる理想的な従順ロボットアイドルだけが望まれ、生徒達は圧政を強いられている…と、大体こんな感じであり、主人公達はその生徒会に反旗を翻そうとしているらしい。その為に力を貸してくれ…と。

嘘だろ、と思った。前にも語った通り、奴等には個性しかない。どう考えても抑圧しきれてないのである。

個性を潰して、理想のアイドルを作ろうと思ったら一瞬で人格矯正を食らいそうな奴等が平気でウロウロしていた。そういう奴しかいなかったと言ってもいい。

それとも、出来る限りの努力をして個性を消そうとした結果、あそこまで抑える事が出来たと言う事なのだろうか?だとしたら、ヤバイ。

個性を500倍に希釈しても尚「しんかいぎょのすばらしさをつたえるために、ぬいぐるみをつくりました~」とか言ってる事になる。抑圧しなかったら「しんかいぎょのすばらしさをしるために、せかいはうみにしずむべきです~」とか言いながら、津波を起こそうとしていたのだろうか…?

しかも全員が同レベル且つ別ベクトルのヤバさを持つ精鋭達である。この学園から世界が滅ぶ。抑圧した方がいい。むしろもっと頑張った方がいい。

頑張れ、生徒会。世界を救え!と、画面越しから必死に訴えかけたのだが彼らに僕の声は届かず、僕が中に入っている女は完全に制御不能な壊れた自走ロボットなので、勝手に協力する感じになっていた。やめろ。余計な事をするな。世界を海に沈めたいのか。そんなにこの世界が憎いか。

 

この僕が扮している女、本当に厄介で言動があまりコントロール出来ない為、全然そんなつもりは無いのにアイドルの気分を害しラック値を下げたりしている。

普通にストーリーを読んでいたら、ペラペラペラペラ喋っていた優等生チックな奴が急に「相づちぐらい打ってくれ。一人で喋っている気分になる…」と言い始めた時はびびった。

僕は一応「ふんふん」と頷きながら聞いていたのだが、あの女は、延々と悩みを垂れ流す優等生チックな奴の話を前にノーリアクションを貫いていたらしい。氷の女である。

優等生チックな奴が聞いてもいないのに勝手に悩みを吐露しだしたと言うのであれば、こちらもカフェラテの中身が無くなってもストローを吸い続けるわとなってしまうのも分かるが、その時の状況は「俺扮する女が頼まれた仕事を手伝ってくれる事になった優等生が、状況が芳しくないと打開策を考える」と言う物であったので、何を呑気に無表情無言を貫いているのか…と言う感じだった。もうお前には任せておけない!俺を表舞台に出せ!と画面をタップしまくったのだが、あの女は主役の座を僕に譲るつもりは無いらしい。

 

そっちがその気なら僕にだって考えがある。

かつて、アンジェリークと言うゲームをやった事があり、そのゲームは王女候補と言う訳の分からない存在になってイケメンとイチャイチャしようと言う物だったのだが、イケメンとイチャイチャはしたいが女の子扱いされるのは嫌だなと考えた僕は、キャラの名前を「アンジェと幽」にする事によって、ちゃっかり自分も王女候補に紛れ込むと言う荒業を見せた事があった。常時アンジェとくっついて行動する謎の男にもイケメン達は優しく接してくれ…る事ばかりでは無かったのだが、まぁアンジェ一人よりかは満足の行く遊びが出来たのだ。

 

今回も、名前を好きに決められるゲームである。

なぜか世界を滅ぼす起こしてはならぬ革命に協力する羽目になったので、やるからにはあの女として全力を尽くそうと考えていたが、やはり考えが甘かった。大地には自分の足で立たなければいけないのである。この体とこの色で生き抜いて来たのだから。

と言う訳で、僕も転校する事にした。あのなんちゃら学園に。

イケメンのウダウダした悩みにもノーリアクションを貫き、無意味にオラついてる不良にもビビる事無く接し、鞄の中に大量のお握りを隠し持っていたりする謎の女の名前は「冷子」辺りでいいだろう。幽と冷子、新たなユニットの誕生である。プロデューサーズとして頑張って行きたい。リアクションはとりまくるし、ベラベラ喋る。

もしもイケメンの機嫌を害してしまった際は、全て冷子のせいと言う事にしていく。

 

さぁ…革命の時間だ!…と、思ったのだが、どうも革命はとっくに終わっているらしい。

僕の世界軸では始まってもいないのだが、復刻イベント的なのを無料で全部読めるみたいなのがあったので、読んでみたら「お前のおかげでうまくいったよ」的な事を言われまくった。

 

冷子…お前…いつの間に…。