今日も扉は開かない。

今週のはてなブログさんが提示するお題は「忘れられない街はどこ?」だ。

前々から薄々感づいてはいたのだが、もしかしてはてなブログさんって物凄くご老人向けなのではなかろうか。

正直な話、街単位で根付いた記憶など一つもない。

自宅からぐいーって行った先にあるガソリンスタンドの向かいにあるコンビニの店員に殺意を覚えたと言う出来事を10年忘れられてないからと言って別に街に殺意を抱いている訳ではないし、「腕をちゃんと振りながら歩くと健康にいい」と言う普段なら絶対に実行しないメソッドをなんとなくやった時に指を思いっきりぶつけて肉が抉れたマンションの鉄柵は今でもダイナマイトで爆破したいと思うが、別に街を火の海に沈めたいと言うテロ思想は持っていない。誰かがやってくれる分には別にいいと思うが。

友達が連絡も無しに3時間遅刻した時に、暇潰しに入った店の店員が糞イケメンだったので小刻みに注文を繰り返した店の事は今でも覚えているが、別にその街をイケメンがいる街…とか言うポケモンのなんちゃらシティ入り口に毎度立っている看板みたいな覚え方をしている訳でもないのである。

多分、街その物に思い出を持つとしたら、疎開か何かで住居を移動してから更に十年ぐらいの時を経てやっとこさ「そういえばあの街…」とおセンチメンタルなマインドになるのではないかと思う。まぁそれでも家に愛着は持っても街には持たない気がするのだが、隣に住んでいる奴の名前も顔も知らんと言う現代社会とは違って昔はなんやかや街ぐるみだったのかも知れない。

まぁ常日頃から下町スラムがどうのこうの言ってる時点で街単位でギャースカ言ってるじゃねぇかと言う気もするのだが、下町ロクデナシネットワークは街から離れた程度では逃れる事は出来ないのでどちらかと言えば「店」もしくは「人」依存である。

この前は三重県に引っ越したおっさんの不幸話がとんでもねぇ速度で広まってて恐ろしかった。まぁ僕も広めたのだが。

 

ここまで恒例のはてなブログさんのお題になんやかや言うと言うコーナーであり、本編とは何の関係もなく、今回は忘れられない街とか言うピュアな匂いしかしないフレーズをとは真逆を行く糞みたいな下ネタをガンガン書いていこうと思う。

エロい話と最初書こうと思ったのだが、別に18禁な話をしているからと言って全然エロい訳ではないなと思ったので、下ネタと言う事にする。別にネタでもなく真剣な話なのだがちょうどいい言葉が無いので仕方がない。

 

みんなご存じの通り、僕は気が向いた時に自分の中のエロの可能性を探るべく電子の海に飛び込むと言う禅修行の様な事をしている。

これは、下町と言う時代の波が避けて通る街に住んでいるとどうしても「彼女」問題からは逃れられないからであり、奴等は面白ければなんでもいいので「じゃあ彼氏か?」「木のウロか?」と言う柔軟性は持ち合わせているのだが、いかんせん「そういう意味合いで人を好きになった事がないんだよねぇ~」とか言う口に出すのも恥ずかしい「いっちょ前にそういう話題だけ避けようとする奴」みたいな常套句は全く理解してくれない。なぜなら面白くないからである。人のセックスの話と言う一番頭を使わなくていい上に隙有らば自分の自慢話に繋げられる最高の話題を脳みその溶けてる酔っぱらいが好まない訳がなく、若い奴のセックス、知りたいのである。そして隙有らば俺の若い時の話を持ち出したいのである。

 

しかし肝心のわけぇ奴こと俺がノホホンと「恋ってどんなものかしら?」等と抜かしているので奴等はせっかく見つけた踏み台が壊れていると言う事実にショックを受け、バツイチの分際で結婚最高~性欲万歳!と人をそっちの道に誘い込もうとしてくる。

僕はどちらかと言えば人の期待には応えたい方なので、特にやりたい事がない時にエロ動画等を漁り自分の中のエロあるあるを開拓しようとしている訳なのである。流石に相手がいなければ出来ない奴はどうしようも無いが、「やりたい」と言う気持ちさえあれば向こうからしてみれば高く空を飛ぶには十分な踏み台になってやれるだろう。

まずは心だ。心が動けばチンコもそれについてくる。

 

それでせっせと漁る訳だが、毎回「すげぇ格好ですげぇ事するじゃん!?」となり、終わりである。裸だぜ。みんな忘れてるかも知れないが、裸ってのは結構すごい格好であり事と次第によっちゃぁ法に触れるのである。

そして大分前にも語ったのだが、他人のすげぇ格好ですげぇ事をする奴は、見てて飽きる。一ミリも気持ちが分からないからである。

オーストラリア産冷凍鶏肉100グラム68円の鶏肉でも食った事があれば、なんちゃら高級肉を人が食ってるのを見て「美味そう!」と思う事は出来るが、「生コンクリート最高!」とどれだけ美味しそうに食べられ、語彙力の限りを尽くして「この生コンクリートは実に甘さ控えめで甘くて美味い」とか語られても類似品を食べたこと無いので全く自分の中で追えないのと一緒だ。

恐らくすげぇ格好ですげぇ事をしている動画はラスト10分で驚きの大どんでん返しが起こり見ている人が騙されるなんて事はないだろうし、全米が泣くこともないだろう。

もしかしたら中には「着衣って書いてあったのに脱ぎやがった!」等と騙され憤慨する人間もいるかも知れないが、それも多分序盤の話であろう。

それまでなんやかやしてる中で何があろうと脱がなかった布をラスト10分で突如キャストオフすると言う事もないだろうし、最後まで見続ける意味is何?となってしまう。

それも「着衣と聞いて!!」と自分は脱ぎ散らかしながら画面にへばりついてる人間は怒り狂っても仕方がなく、場合によっては出すもの出せなかったので出るとこ出たろかとビデオよりも遥かにドラマチックなストーリーを展開してしまうかも知れないが、なんとなく興味本意で見に来た方からしてみたら「あ、脱ぐんだ…」と単純にちょっとびっくりして終わりである。こりゃ一本取られたハハハと言う気分だ。

 

また演技の下手さも見辛いのに拍車をかける。単純に見ていて恥ずかしい。

つまらねぇユーチューバーを見てると痛々しくて「あたいもう見てらんない!」となってしまうのと同じである。それを見るのが三度の飯より好きで再生数30とかを探しては覗きに行く性格の悪さを極めた奴も世の中にはいるが、僕はちょっと無理だ。

つまり無音で見る羽目になり、そうすると益々退屈なのでちょっと音楽でも聞くかとなってしまう。

電車の中で無理矢理めくるめくタイプの奴を見ながら中島みゆきを聞いてた時はなんか抵抗する姿と中島みゆきの歌声が見事にマッチし「頑張れ…!頑張れ…!!」となって個人的に楽しかったが、別に電車の中で力ずくでめくるめかせてる姿を見ながらで無くても中島みゆきは最高なので…。応援の甲斐も無く負けたし。

 

無料で転がってる動画は10分とか30分とかでなんやかや小分けにされている、まぁ十分長いのだが、最近、本来は1時間とか2時間とか収録されてると知って物凄くびっくりした。ソシャゲーのスタミナが回復してしまうのでは…?

結局己の中のチャクラを解放出来ずに動画探索は終わるのだが、では小説ならどうかと言うと中身の無さでアウトである。

特にやたら喘ぐ奴は読み方がよく分からない。小粋なビートに乗せて歌ってくれるならともかく何の助けも無く読むのは無理である。

すげぇヒットした歌でも曲の協力を借りずに歌詞だけ読めと言われたらちょっと…と思う奴はあるだろう。「すんげぇ すんげぇ すんげぇ すんげぇ 水着」とか。

しかもこれが長々と続くのである。端的に言ってヘルでありお手軽に地獄を見る際にはいいかも知れないが…。

では漫画ならどうかと言うと、そもそも共感出来ない、分からないと言う大前提がここにも立ちはだかり、尚且つどうせ絵を見るならイケメンがいいので残念な事にこれも力及ばずなのである。

ではBLのエロ漫画ならどうよ!と言われると、僕は推しのイチャイチャが好きと再三言ってきたが、それはあくまでネタとしても分かりやすいからそう言っているだけでぶっちゃけ付き合ってる奴はあまり好きではなく、正しく言えば「推しと推しがダラダラしている所」が好きなのだ。

つまりどうせ汁だくなら牛丼を二人で食べに行って欲しい。深夜3時にジャージに突っ掛けで頼む。

 

今日の己の中のエロの可能性を探す旅の終着点は「深夜に牛丼を食べに行く推しが見たい」である。

残念ながら下町スラムのおっさんを満足させる回答は出来そうにない。

背中に傷はインスタ映え。

時は来た。

隙あらばどことでもコラボするコラボ通り魔ことヒプマイさんが三度目のスイパラ襲撃を敢行したのである。で、あればこちらもノコノコと出向くしかあるまい。

主にキャラの絵のデザイン等に変更があるだけで、基本的なシステムは変わらず「コラボ限定メニューを買ってランダムでコースターを貰い、後は各々好きなグッズを買い漁れ」と言うシンプル極まりないスタイルである。ヒプマイさんのストーリーとは打って変わった分かりやすさ、とても良き。出来ればストーリーとか世界観の構築もこれくらいキチンと府に落ちる感じにしてほしいものだ。

 

なんちゃらスパゲティーだ中華丼だカレーだと色々用意される中で、ぼくの推しである独歩くんのコラボメニューが「最中とエナジードリンク」と言うギャグに振りきった代物である事を古の日記に書き記していたのだが、今回は「ココナッツミルク炭入り」であった。毎回毎回期待を裏切らず「他のチームのコラボメニューがとても羨ましい」と言う気持ちになる奴であったが、ちゃんと頼んだ。こういう所でブレる奴にランダムは微笑んでくれないと去年学んだからである。

飲みたくもないココナッツミルク炭入りを澄んだ瞳で注文した後に受け取ったコースターには悠然と独歩くんが輝く…と言うのが台本だった筈なのだが、店員がポンコツだったのか手渡されたコースターに鎮座していたのはラムダであった。とてもよい笑顔でコースターに居座ってやがった。麻天狼ファン全員に嫌がらせする為に虎視眈々と飛び出るチャンスを伺っていたのではないか?と言うような都合の良さであったが、ここだけの話、僕はジャクライがそんなに好きではないのでラムダくん大歓迎であった。

まぁそんなジャクライくんも最近最年長と言う特徴を新キャラにサクッと奪われると言う憂き目にあっており、ちょっと可愛そうではあるのだが。しかし30半ばをジジイジジイと煽りまくるラムダくんにとって40後半の新キャラは一体なんなのだろうか?遺骨か?

 

話が逸れたが、とにかくコースターは負けた。しかし僕にはアクリルスタンドランダム勝負が残っている。過去2回挑んでどちらも惨敗していると言うスイーツパラダイスに来たのにしょっぱい結果に終わる苦い思い出が脳裏を過るが、終わり良ければ全て良しと言う至言の通り、ここで独歩くんを華麗に引けば過去は無かった事になるので何も問題はない。

逆に過去に独歩くんを引いていたとしてもここで引けなかったら押されるのは敗者の烙印である。世間とは容赦の無いもので、100回勝利を納めたとしても一回負けたらその瞬間「あいつは終わった」等としたり顔で言ってくる物なのである。

そしていつでも美談を求めさまよう妖怪でもあるので、100回負けても一回勝てば「感動をありがとう!!」とか同じ口でほざいてくるのである。ちなみにその後は即座に忘却、新たな感動を探しに旅に出る。人間はいつだって無人の荒野を行くウェイフェアラーなのである。そんな永遠に満たされない化け物に感動をあげる事に失敗すると前途の通り罵詈雑言を吐き散らかすだけ散らかして帰って行くのでなんとしてでも勝利を納めるしかない。

 

最悪、ランダム勝負に負けたとしても僕が向かったスイーツパラダイスは新宿店。去年、闇商人達の闘技場として占領されていた闇市である。手に入れたカードを片手に店を縦横無尽に駆け回り交換していく事によって独歩くんと言う名のワンピースを我が物にするのは難しくないと踏んでいた。

しかし、僕が戦場に向かったのは先週の金曜日。地域によっては大雨警報がでていたとんでもねぇ豪雨の日であった。客が、少なかった。

初めは「人が少なくて快適でござるなぁ」等とホクホク顔でケーキを瓦礫のようにお皿に積み上げていたのだが、すぐに気づいた。闇商人達が、いねぇ…と。

恐らくプロの商人達は客の入りが悪い事を即座に察知、休息する事を決めたのだろう。慧眼である。人がいないのに商品を並べても仕方がない。道理である。

そんな状況でノコノコとスイパラに出向く頭の足りない奴等はそもそもコラボになんの興味もない家族連れとか、ノホホンと当たった外れたとその場でキャッキャッキャッキャ楽しむだけの平和の民達だけであった。

去年の、店内をケーキも持たずにウロウロと闊歩する選ばれし戦士達の勇姿などどこにもない。店を歩いているのはケーキかドリンクを片手に持った争いとは無縁の市民達だけであった。僕に人の心があれば輝く平和な笑顔に心打たれる所であったが、悲しい事に心が砂漠なグールだったので「チッ、つっかえねぇなぁ、テーブルにガチャガチャ並べろや」と毒吐きまくっていた。

あの魔の新宿店が雨の日の奇跡と言わんばかりに戦場と化す運命から解き放たれていたので自分の運に全てを任せたギャンブル勝負に出ざるを得なくなり、とりあえずケーキを食べた。まずはケーキを食べて落ち着こうと思った。

ある程度お腹一杯になり、もういつ糞みたいなランダム結果を前にしても雄叫びをあげながら店から走り去れると言う状況にしないと勇気が出なかったのである。俺は、弱い。

 

意気揚々と誰もいない物販コーナーに出向くと、いつもの鬼畜ランダム商品の群れと一緒になんかでかいのが置いてあった。なんか、選べるでかいアクリルスタンドが置いてあった。

「え?こんな甘い展開があっていいんですか?」と怖くなるレベルに都合のいい代物である。一個750円で12種ランダム勝負だったものが、サイズをでかくして3000円ちょい払えば確定になるのである。こんなもの、こっちを選ぶに決まっているであろう。

スイーツパラダイスでケーキ以外にも甘いものがあったのか…と衝撃を受け、逆にこんな甘い話に易々と乗っていいものか?と疑心暗鬼に陥り無意味に商品を手に取り置いて、手に取り置いてを暫く繰り返してしまった。これを買った瞬間に黒服を来た男達がワラワラと店の奥から沸いて出て「貴様に戦士を名乗る資格はない。この腰抜けが!!」と地下労働施設に連れていかれる可能性もあるのである。やはりここは勇気を出してランダム勝負を仕掛けた方がいいのではないか…?

 

そこで一回話を先伸ばしにするべく、クリアチャームセットを探した。これはチームごとに1セット確定で2200円の可愛い奴であり、財布につけようと思っていたのだが、なぜか池袋のしか残ってなかった。池袋のだけが10個ぐらい並んでおり店員に「ここにある分だけなんですか?」と隠しきれない疑いの眼差しを向けて問いただして見たのだが「はい」と二文字で切り返されて終わった。肯定は、強い。

やはり、否定くんも「こんな時だけ都合よく俺を求めるなよ!」とご立腹なのであろう。「ちょっと確認しますね」とか希望を持たせる事もなく一瞬で完膚無きまでのイエスを叩きつけられた。僕がマンボウだったら死んでいたであろう。

 

本来確定で手に入る筈だったチャームセットでこれである。ダメだ。臆病者の謗りを受けようが関係ない。笑いたければ笑うがいい。俺は…逃げるぜ!

こうして、見事平和の民の仲間入り。実に日本的な迎合を果たし3000円払ってイエーイとスイパラを後にしたのであった。全く、戦わなかった。

 

この話を従兄弟にしたら「正解だよ!!人気キャラのトレードなんてマジ地獄だから!」と言われたので、これでよかったのであろう。戦わないって、素晴らしい。ラブアンドピース。

 

晴れやかな気持ちで店を出たまではよかったのだが、豪雨は絶賛継続中であった。戦う意思バリバリ殺す気満々で降り続いており、僕が叫ぶ平和など軽く雨音でかき消された。

家を出る頃には既に雨が降っていたので普通に傘を差して出掛けたのだが、頭が悪いので「雨が降ってるから折り畳み傘も持っていこう」とイソイソと鞄に詰めていた。当然出番は無かった。

しかし、鞄に雨が染みまくっていたので濡れはした。差されもせずに雨に濡れまくると言う傘のプライドはもうズタズタと言う悲しい事件だったのだが、鞄にいれていた財布までずぶ濡れになっていたのでそれどころでは無かった。

お札も当然ずぶ濡れ、財布の中にしまっていたラムダコースターも濡れていた。一瞬「え?溶けた…?」と勘違いする濡れっぷりであり、慌ててお札と一緒に洗濯バサミに挟んで干した。諭吉と肩を並べた男、それが僕の所のラムダである。

 

眼鏡異端審問会

今週のはてなブログさんが掲げるお題は「過ごしやすい、いい季節」だ。この句読点になんかイラッとする。

しかし前々から思っていたのだが、はてなブログさんは本当にこれをテーマに一筆したためて見ろと本気で思っているのだろうか?

このご時世にこんな事を言うと遠い過去からデロリアンに乗った田嶋陽子が殴り込んで来そうで怖いが、絶妙にリアクションに困る話を振ってくる女性っぽい。

多分この今週のお題を決めてるはてなブログの人は「私~今、口内炎あるんだ~」とか言っちゃうタイプだと思う。怪我をしたら「ほら、これこれ」とか見せてくるタイプだと思う。

 

まぁそれは置いといて、増税前だったので眼鏡を買った。

もう5、6年使ってて眼鏡のネジはゆるっゆる、何はなくとも上下に揺れ、装備者にひたすら「眼鏡クイッ」をする事を強いてくる呪われし装備であり、レンズには歴戦の戦士のように無数の傷がつき、それが汚れや油をくまなくキャッチ、いくら洗おうが速攻で汚れを取り戻すと言う一本筋の通った頑固者ではあるが、「視力を矯正する」と言う用途だけはキッチリこなすと言う「人格に問題はあるが腕は確かな老魔術師」みたいな感じだった僕の眼鏡だが、「眼鏡が歪んでるせいで顔が歪んで見えるよ」と言う指摘をされた時に「常に歪んだ顔をぶらさげて歩くのもどうなのかな?」と思い、そのまま2ヶ月ぐらい悩み続けた末、新しい眼鏡を買おうと決意するに至ったのである。

 

しかし眼鏡を買うと言うのが以外と難しい。「視力を矯正する」と言う用途だけを求める時代はとっくの昔に終わりを迎えているからである。誰かは知らないが眼鏡をお洒落として扱い始める厄介なリーダーがそんな感じの価値観をまぁ広めてくれてしまったせいで「お洒落とか全く分からないが目が悪い奴」は全滅である。

かと言ってコンタクトにも出来ない。なぜならコンタクトをすると言うことはイコールとして「新しい私デビュー」をすると言う事であり、晴れ渡る青空の下を全力疾走した後、空中に向かってどこからともなく現れた水流と共にジャンプする羽目になってしまう。

僕ももうそんなに若くないので、そんな事は出来ない。こういう事を言うと「まだ25じゃーん」等と言われるが、世間的には若い方でも身体的にはもう若くないのが25である。

若者からは「おっさん」扱いされ、おっさんからは「小僧」扱いされ、自分自身は「まぁ…若くはないっすよ、ね…でもまぁ…おっさんでも…ない、かな…?」みたいなジャパニーズの悪い所を凝縮した中途半端な姿勢を取ってしまう為、立ち位置としては捻れの位置にいる事になる。一番「誰とも重ならない」部分である。孤独にもなる。

 

話を戻すが、全力疾走が出来たとしても、コンタクトを目に入れると言う行為がちょっと無理なので…まぁ、降ってわいたイケメンが腰砕けるようなイケボで「生感覚…体感してみませんか?」と言ってきたら話は別だが、そんな事はあり得ないので無理なのだ。

そこで、眼鏡をどうしても買わなきゃいけない訳だったのだが、まぁこれが難しい…と結構悩んだ。本人的には結構悩んだのだが、割愛する。

どのフレームにするかを選ぶまでは1時間ぐらいで決められたのだが、事件はここで起きた。

「お決まりですか~?」と近寄ってきた眼鏡男子くんに、コミュ障の僕が「ん」とフレームを差し出し、「こちらでよろしいですか~?」と確認をいれてくれた所にコミュ障の僕が「コクり」と頷くと言う最低限の言語で最初の猛攻を突破したまではよかったのだが、ここからの質問が予想外だった。

「度数は今の眼鏡と同じでよろしいですか~?」と聞いてきたので、これまた「コクり」と頷いたのだが「では、今の眼鏡をお借りしてもよろしいですか~?」と来たのだ。これは予想外だった。いや、まぁそうなるだろって話なのだが、「こいつこの面でこのフレームかよ、ハハッ。豚野郎が」とか思われてるんじゃないかと怖かったので頭があまり回ってなかったのだ。

とにかくここも無言で渡して済ませようとした時に、ふと思ったのである。

僕の眼鏡は最初に語った通り、相当ボロボロの酷使しきった奴である。それをナウで使っている現場をこの眼鏡男子くんは見ている訳であり、ここで貸したりして状態を見られたりしたら、どうか?

「この糞野郎、大人しい振りして眼鏡を虐待してやがる!!」と思われるんじゃないか?

レンズの度数を調べると言うことはレンズをまじまじと見つめる筈である。そして見つかる無数の傷、緩んだネジ、パッカパッカ動くツル、大三元である。その場で眼鏡男子くんが指パッチンをした瞬間店の奥からゾロゾロと黒服の男たちがやってきて地下に連行され、なんかよく分からない何かを延々と回させられる羽目になるのだ。

これは回避しなければならない…と思った僕は即座に「やっぱりちゃんと測りたいかも…」とかなんとかウニャウニャ言うた。実際度数は今の眼鏡で普通にOKなのであるが、虐待してると思われては僕の眼鏡人生はお仕舞いだ。

内心ビックビク怯えている僕の事など気にもせずに「じゃあちょっとお調べしましょうか~」とかなんとか言い出した眼鏡男子くんはそのまま世間話みたいなノリで「前回調べた時の視力はどれくらいだったんですか~?」と聞いてきた。

分からない。

何しろ前回測ったのがいつだかも記憶にないぐらいだし、この眼鏡を買った時は「見栄を張らずにちゃんと答えろ」と一度怒られたにも関わらず山勘で「右」「下」だの答えまくっていたので、罪悪感とどうせ適当なんだし…感も相まって全然話を聞いていなかったである。しかし、全く問題なくよく見えるレンズが出来上がって今まで活躍してくれたのだから不思議な話である。僕の目の方が眼鏡に合わせたのだろうか?人間うまく出来てる物である。

しかし、これをそのまま答えていいものか?

よく虐待のニュースなんかで、虐待死させた親が子供の誕生日も覚えていないみたいな話があった。これまで散々お世話になった眼鏡の度数の一つも把握してないとなれば「この根暗ファッキン、眼鏡を虐待してやがる!!」と思われるんじゃないか?

恐怖で混乱した僕は「いやまぁ、んふふ…見えてるので、へへ…」と全く回答になっていない返答を俯きながら言葉として発したのだが「あ、見えてるんですか?じゃあその眼鏡の度数で作っちゃいますよ~」と言われた。ハメられた。なんて巧みな誘導尋問なんだ。

さよなら、僕の眼鏡人生。出来るか分からないけど全力疾走して新しい私デビューするよ、今までありがとう…。

僕が一人脳内で荒井由美の卒業写真を流している間に、眼鏡男子はサクッと度数の測定を終わらせて普通に代金を請求してきた。あまりにも穏やかに話が進むので正直何が起きたのかよく分からなかったのだが、眼鏡虐待者があまりにも多く、もう構っていられないのかも知れない。

とりあえずお会計をしようとお財布から諭吉くんを取り出そうとしたのだが、ポケットからお婆ちゃんが「ちょっと待ちな!」と声をかけてきて僕の動きは止まった。

これまで散々虐待してきた眼鏡を捨てて、金に物を言わせて新しい眼鏡を手に入れる。完全に奴隷商人から奴隷を買う成金貴族である。これが映画だったらこの後に間違いなく射殺されるし、死体はリカオンに食われる。

そこで僕は「そんなにお金持ってませんよ~なけなしのお金で必要な眼鏡を買うんですよ~」と言うことをアピールする為、1000円札と小銭をジャラジャラ使ってギリギリ感を演出しながらお会計を済ました。せっかく虐待の罪から逃れられそうだったのに、最後の最後でミスをして死んだら元も子もない。ここまで来たら眼鏡購入と言うミッションを華麗にコンプリートして見せる。

 

まぁ、後は45分後ぐらいに受け取りに戻るだけだったので、何も無かったのだが、最後に「耳の裏に当たって痛いとか~鼻の所に当たって痛いとかないですか~?」と聞かれた際にとにかく早くこの場から離れたいと思っていた僕は「じゅげむじゅげむ」みたいな勢いで「大丈夫です大丈夫です」と連打して眼鏡を受け取って逃げるように帰宅した。

おかげで今、割りと耳の裏が痛い。しかし眼鏡が全然ずれないのである!顔も歪まない!!

ところが、長年続けてしまう羽目になった「眼鏡クイッ」はしっかりと癖として残ってしまっており、必要もないのに眼鏡をクイッとしては無意味に眼鏡を顔面に押し付けると言う奇行に走っている。

だが虐待の罪に問われる事なくのほほんと眼鏡をかけれているだけ御の字なのだ。文句は言うまい。

しかしまだ油断は出来ない。

この眼鏡を掛けてからまだ誰にも会ってないので、「死ぬほど似合ってないよ」と言われたら全てはオジャンだ。眼鏡を買うとはとにかく死と隣り合わせなのである。

お前の葬式

どんな老後を過ごしたい?

 

これがはてなブログさんが提示する今週のお題だ。

なんて残酷な話題を振りやがる、こいつには血も涙もねぇのか!と思ったが「はてなブログ」とか名乗るぐらいなので「2000万ないから死にます」と虚無の瞳で答えられても「よくわかんなぁ~い」的な…コジコジ的な返答が出来るのかも知れない。

 

2000万無いから死ぬ奴で溢れ変える日本だが、2000万持ってない上に酒の呑みすぎで早々に死にそうな奴が出てきた。絶望を前に死を迎えるのだから、久しぶりに日本に明るいニュースがやってきたと言う所だ。しかもお前らの大好きなロクデナシである。

日本を心が一つになり渋谷のスクランブル交差点で拍手喝采、トラックの一つや二つ横転どころかパンジャンドラムの様にゴロゴロ転がって行く事だろう。

 

一応、肝硬変になってからソイツは多少我慢してたのだ。炭酸にレモン汁をぶっこんで呑むと言う完全に「…時間の問題だ」と確信出来てしまう飲み物をひたすらに呑んではいたのだが、我慢は我慢である。

それが気がついたら「ただの炭酸レモン水」だった筈の飲み物が「レモンサワー」に変わっていた。これが下町マジックである。下町スラムに住む限り決してアルコールから逃れる事は出来ないのである。

素人共から「自分で勝手に飲んでるんだろ!」と言う野暮な突っ込みがされるのが目に浮かぶようであり、イチイチこんな世界の真理も分からないベイビーに丁寧に答えてあげるのもなんなのだが、ではそんなお前に質問です、お前はウツボカズラに捕食された虫に「お前が勝手に突っ込んだんだろ」と言いますか?はい、言いませぇん。

捕食されているのである。アルコールに。つまりこの場合アルコール先輩ぱねぇっす!!とアルコール先輩の強さを褒め称えるべきであって、負けた人間を貶めるような真似をしてはならないのだ。どれだけ強い心を持ってしても負ける時は負ける。人間とはそういう生き物なのである。まずはそれを認める所から人生は始まるのだ。

 

その肝硬変になりながらもアルコールに負けた50歳バツ3肉眼で見えてる範囲では1児の父であるおっさんがどうなったかと言うと、まぁ入院した。本当にこの世は基本に忠実に回っている。いつでもキチンと腑に落ちる。

まだ死んでないし、すぐに死ぬと言う事もないっぽいが、このままアルコール先輩に敗北を続ければまぁもって1年2年であろう。

そこで僕は即座にこの速報を持って仲間達の元へと走り、満面の笑みで「入院したって!!」と告げた。下町スラムは本当に都会の田舎なので既に全員にその情報が知れ渡っていたのだが、それならそれで話が早い。やるべきはトトカルチョである。

人の幸せ不幸せ。全てを食い物にして笑う事が下町スラムの正義である。誰かに悼んで貰える葬式をしたきゃ芸能人になるんだな。

とにかく「こいつがアルコール先輩に勝つか負けて死ぬか」を賭けたのだが、見事に全員負けて死ぬと言う回答を叩き出したので賭けは不成立となった。チキン共め。案牌しか選ばない。

まぁ経営している飲食店は売り上げは好調なものの、人手不足が凄まじく日本語が何事もなく通じる従業員の方がマレであり、「あいつは不法滞在者だ」と言う噂がまことしやかに囁かれる中国人や、「胃が腐ってる臭いがする」と言われるベトナム人など、人材も中々に粒揃いである。奥さんからは「あたし死にたい」とラインを送られ、息子は絶賛反抗期である。本人が若い女の子さえいれば幸せと言っているので何も問題は無いのだが、端から見たらお手本のような死んだ方がマシである。

 

余談だが、この息子、高校1年生は僕と結構仲が良く「お父さんみたいな女にだらしない奴には絶対にならない」と熱い決意を語る可愛い男の子であり、初めて彼女が出来た際には大事にしようと思うあまり三ヶ月弱手も握らないと言う赤いスイートピーみたいな真似をして見事にフラれ、ぎゃん泣きすると言うめっちゃくちゃ面白いエピソードを作り出したりしていたのだが、ちょっと目を離した隙に限りなくお父さんに近くなっていた。性格が。人は変わるものである。

昔はマインクラフトと言うゲームでなんかすごいお城を作りたいとかなんとか無邪気に語っており、よく分からない僕は適当に返事をしていたのだが、この分だとお城より先に子供が出来上がりそうである。

 

話を戻すが、とにかく我々下町スラムサミットに置いて死ぬ事が予言されたおっさんであるが、賭けの種にも使えないんじゃつまらんと言うことで肝硬変の事は一旦置いておく事になった。

議題は本当に死んだらどうするか?である。

とりあえず、レモンサワーを死体にぶっかけるのは確定した。

次に誰が不倫相手の女役を演じるか?と言う所であり、つい数ヵ月前に旦那が死んだばかりのお誂え向きの女に矢が向いたのだが「いくら寂しいからってアレと付き合う女と思われたくない」と言う本人からの強烈な反抗により矢が折られた。

不倫相手の一人は我々も知っている人で、結構いい性格をしてるのであいつは呼ばなくても来るだろうと言う予測は立てられているのだが一人じゃパンチが足りない。もう一人必要である。

そこで、思い出したのだが、この50のおっさんは僕が19才くらいの時に酒の席(飲んだとは言ってない)に置いてキスをかましてきた僕のファーストキスの相手であった。

誰とキスする事も無かったモテない不細工が、おふざけで当時45ぐらいのおっさんにキスされただけの話であり、全くBL的なアレでは無かったのだが、キスはキスである。ノーカンには出来ない。ここは僕が行くべきだなと言う事になった。

黒い手袋をして献花へと赴き、棺の前でおもむろに手袋を外すとテラッテラの赤いネイルが出てくるのはどうか?と言う案が出て、「ネイルもやれるのよ私」と謎の自信を見せるエステティシャンが鼻の穴を膨らませながらやる気を出してきたのでこれが可決。

後は僕が適当に橋田ファミリーに入団出来そうな演技をした後、木魚に合わせて夢破れてを歌えば完璧である。

 

問題は僕が喪服を持っていないと言う事である。チャランポランな人生を歩んできた為、スーツの一着も持っておらず、友達の結婚式にもGパンで出向いた。

別に葬式もなんか黒っぽい格好ならなんでもいいような気がするのだが「テラッテラの赤いネイル」を魅せるとなれば、絶対に喪服の方がいい気がする。最悪僕は演技いらないと思っているのだ。なんか気丈な態度で背筋をピンと伸ばし、赤いネイルだけを印象づけて去る。これが浮気相手の中のナンバーワンの気品と言う奴であろう。

その為にはチャラチャラとGパンにスニーカーで絶妙なビートを刻みながら献花ではダメなのだ。絶対に喪服が必要だ。

しかし今はネット世界のイケメンをこの手に掴むべくガチャをするお金が必要なので喪服なんて買っている場合では無い。まぁ今すぐに死ぬと言う訳ではないだろうから先伸ばしにするつもりであるが、出来るならいい感じにイケメンがピックアップされてない時期に空気を読んで死んでほしい物である。

 

残される息子と奥さんが可哀想と言う、常識人ちっくな話もでかけたのだが、そもそも家が奥さんの持ち家であり、奥さんの実家が割りと金持ちなので金の心配はない。息子は絶賛反抗期だし、そもそも高校生になってまで父親がいないとどうこうって話も無いので、後は気持ちの問題になるが、その当の気持ちが問題ない事は確認済みなのでやるっきゃねぇと言う話になってしまった。

明らかにゴールの決まった話題であり、軽妙なパスワークによってシュートを決められると言うチームワークの良さを遺憾なく発揮した八百長ではあったが、結論は結論である。もはや変えられない。

もしも僕が死ぬ事になっても下町スラムサミットの連中にはなんとしても隠し通したいと思っているのだが、情報が一瞬で出回る田舎なので恐らく無理だろう。

せめてスベらない葬式にしてくれる事を祈るばかりだが、年齢的に考えれば僕が死ぬ前にあいつらが全滅する筈である。それはそれで寂しいので僕もガンガン酒を呑んでいこうと思う。

すぐに追い付いてやるからな。待ってろよ。

 

蟲毒の虫、世界へ。

老いも若きもたのしく研究。

 

はてなブログさんが掲げる今週のお題だそうだ。

今まで「おとうさんへ」だの「残暑見舞い」だのだったのに、急にどうしたのか…と思ったが、夏休みの自由研究の事を言っているのだろうか?

一足遅い。まぁ、自由研究の本場、小学校の物が終わってからじっくりと跡地を漁って見ませんか?と言う事なのかも知れない。

 

最近ブログをカタカタする度に、はてなブログさんか掲げる今週のお題に噛みついてしまっている。お題に沿う気が更々無い…と言うか、沿えないのだが、とにかく無視をすれば良いものに一々タックルかましてしまうのは一体なぜか?

 

人間の病理、こじらせである。

 

このこじらせって奴は一回やらかすと完治が非常に難しく、中二病よりも遥かに厄介な病気である。中二病なら本人たちは全力でこの世界を謳歌してらっしゃる節があるので救いがあるが、こじらせは生けとし生けるもの全てに攻撃を仕掛けながら本人たちも別に楽しんでいないと言う、典型的な誰も幸せにならないタイプの病であり、他人の不幸は蜜の味だから全員不幸になったら結果幸せみたいな寝言すら通用しない終末思想に染まる羽目になる。

 

精神をこじらせるような奴は「一つの事に夢中になる」と言う青春体験をした事が無いので、こじらせすらも長く続かず、ある日突然芸能人の結婚に感動してお祝いしてるかと思いきや、一ヶ月ぐらいで出戻ってくるパターンが多い。そう簡単には完治出来ないのである。この潜伏こじらせ菌を保有した奴がリア充の巣窟に身の程知らずにも飛び込んだ挙げ句コミュニティを破壊すると言うバイオテロを引き起こす場合もあり、こじらせた奴だけを隔離するのはゴキブリを駆逐するよりもインポッシブルミッションとなっており、今もなお日本中を阿鼻叫喚の渦に巻き込んでいる。

 

基本的にこじらせた奴は下町スラムの居酒屋にたむろって、ベラベラと生産性の欠片もない話を夜更けまで続けては太陽が昇ると同時に眠りにつくと言うゾンビみたいな生活をしているのだが、この純粋培養こじらせ隔離施設の中にいても突如「善の心」に目覚める奴もいるのだから人間って奴は複雑怪奇である。

 

例えば、運の無い初見がうっかりこじらせの巣に迷い混んでしまったとして、我々は常に仲間を求め続けるどこまでも完璧なゾンビなので即座にフレンドリーな挨拶と共に内輪に引き込みにかかる。

そこでその初見奴が世間話として「普段はあまり意識していないんですけど、私には借金があるんです」と言い出したとする。ここで我々はそこに高橋名人なんざ目じゃねぇ速度でイイネを連打しながら詳しい話をあの手この手で引き出さなければならないのだが、何かの間違いで本気で同情し「大変だねぇ…」とかのたまってしまうバカが出てくるのである。深刻なバグの発生だ。

その瞬間、初見借金奴の事は置いといて、即座にそのバカのお別れ会の始まりだ。もっとずっと一緒にいたかった隣で笑ってたかったーってなもんである。

 

そして三日後、悪いお友達との縁も切れ、新しい私デビューをしたソイツはこれからワンデイアキビューコンタクトと共に輝かしい人生を歩むのかとこじらせ組が嫉妬の炎に焼かれながら罵詈雑言のハーモニーを奏でていると世界に対しての逆恨みつらみを垂れ流しながらそのバカが戻ってくるのである。

即座にお帰り会の始まりである。

 

地球規模で自分勝手な生物、人間が仲良く手を取り合う為には共通の敵を作るのが一番と言うのは、精鋭なら幼稚園、凡人でも小学校で習う話であり、我々こじらせゾンビも日夜元気に会った事もない人間の悪口に大輪の花を咲かせているのだがやはり知らない人間では限界がある。食品サンプルが如何に完成度高くあっても実際の食物の足元にも及ばないように、なんかこう…物足りなくなるのである。こじらせの欲望と業は底がない。

しかしまともな人間は終末スラムに近づいたりしない為、共通の敵に出来る訳もなくどうするかと言うと…お互いを攻撃しあうのである。中国かなんかの失われし呪法、蟲毒が日本全国の寂れた居酒屋で行われているのだ。

 

こうして、仲のいい人にほど攻撃を仕掛ける愛情深いサイコパスへと進化するのである。こじらせの世界も日々進歩だ。

 

次の瞬間誰が敵に回るかも分からない世界でヘラヘラと日々を生きている為、ちょっとやそっとの事では動じなくなり、より感受性は死滅し、人の痛みが分からない人間になり病理は悪化、平和な日常社会への復帰が出来なくなると言うカラクリだ。

二十歳を過ぎたらスナックへ行こう~!だの、俺居酒屋で知らない人と喋るのが好きでさ~とかほざいてる奴は大体病気が進行してるので遠巻きに観察するぐらいに済ませておいた方がいい。学校のお友達と遊びなさい。

 

浮気された女は、他の恋人や夫婦の全ての行動を「それ浮気してるからだよ」とこじつけてまわり、悩みを抱えて慰められた奴は「私を優しさでダメ人間にして楽しいですか!?」とブチギれ、特に何もない奴は「まぁ結局みんな死ぬんだけどね」と極論ボールを投げつけてまわる。

困ったことに実際に浮気してる事があり、ダメ人間にするのが楽しい場合があり、結局みんな死ぬので「結局あたし達が正しいのよねぇ」としたり顔で熱燗をイッキすると言うどうしようもない結末を迎えがちであり、誰もこじらせゾンビを倒せない。

 

完全無欠、否定のしようもない程幸せな人間がいれば全員血ヘドを吐いて大地に還ると思われるが、悲しい事にそんな人間は存在しない。

こじらせ組は悲劇を悲劇として捉えご飯をモリモリ食べるが、お前らは悲劇を美談として捉え涙を流しながらありがてぇありがてぇとパワーストーンをモリモリ食べる為、今現在文句なしに幸せな人でも過去の不幸の部分とかだけをクローズアップしがちであり、そんな事をされれば「都合の悪い事を全てシャットアウトする」と言う神の叡知の結晶としか思えないスペシャル機能を搭載したこじらせアイが「今の幸せ」の部分を見る訳も無く。

「今は幸せとかほざいてるけどさぁ~今日明日だよねぇ~」等と無根拠にゲラゲラ笑って次の日には忘れてると言うのが常である。世間も美談にし終わった奴等の今後の事など忘れてる筈なのでこれは仕方がない。

 

エスキリスト、ジャンヌダルクの時から粛々と続く美談にする為に悲劇をクローズアップする風潮が我々こじらせーズを不滅なる者へと成長させたのである。

そして、悲劇が大好きな我々はそれを美談に無理矢理変えようとする奴等を許す訳もなく「美談にする奴ぁいねぇがぁ!?」と美談ナマハゲへと突然変異する。

こじらせの世界も日々変化である。

 

ずっと隔離されていて、たまにバイオテロを引き起こす以外は問題なかった筈の病原体共であるがネットの発達によりえらい勢いで被害を拡大している。結構由々しき事態である。

僕が住んでいる下町スラムの古き良き老害共はネットに比較的疎い為、それでも居酒屋でだべり続けているのだが、Facebookスマートフォンの台頭と言う合わせ技により風向きが変わってきた。

気軽に出来るネットと地域密着の癖にコミュニティの範囲だけ拡大すると言う糞仕様のFacebookにより、「知り合いだけ集めたネット」と言う地獄環境に身を置く奴等が爆誕、増殖してしまった為、Facebookで争いながらリアルでも争うと言う次元を越えた…いや、二つの次元を利用したニノ国みたいな戦争状況に陥っており「Facebookの投稿みた!?」とか言われた時には何事かと思った。

 

面白そうなので他人の名前で登録し、軽く覗きに行った所、個人ページでやりあうだけならともかく店舗のアカウントのページで戦いを繰り広げてるパターンもあり、まさに地獄絵図であった。個人から団体へと敵視の範囲が拡大したと言う事は「あそこは敵性店舗」みたいな感じでたまたま目についた居酒屋に入ったせいで裏切り者扱いされる危険性も出てきたと言う事である。

まぁそれを差し引いても面白そうなのでいいぞもっとやれと思っているし、隙あらば「敵性店舗」に厄介な酔っぱらいを引き連れて出向きたい。

俺たちの戦いは永遠に終わらない。世界に出る日も近い。

語彙力グランドフィナーレ

大人になった。年齢的な意味で。

 

その気が無くてもガンガンと年齢があがり、あらゆる事が許されない年齢になった訳だが代わりになんかしらの能力がアップしたかと言うと全然そんな事は無い為困ったものである。

 

昔に比べれば出来る事は増えたが、それはスキルアップとか新しい私デビューとか言う輝かしい物ではなく、単純に恥を捨てただけの事だ。重りを取った悟空がアホみたいに強くなったと錯覚されたように、今手にしている余計なもの、責任感や良識、恥などを捨てれば人間は本来ある力を簡単に発揮出来るようになる。

周りを見渡せば「ばつ1」しかいない糞下町に住んでいる僕が言うのだから間違いない。夫婦を見かけてもお互い「ばつ1」だ。そして全員漏れなく強い。

この町は一つも油断出来ない。

 

装甲を捨てれば防御力がダウンすると言うのは当たり前の話であり、プリウスに引かれただけで死ねるので殺られる前に殺らねばならない為、全員チャンスは逃さずに人の失態を見れば貶しにかかる。その為、糞下町の人間は総じて口が悪い。

 

防御力が皆無な為、口が悪いくせに臆病な小物が多いのも特徴であり、せめてもの防御にとやたら「義理人情」「仲間」とかほざいている。しかし「下町は義理人情に厚い」とよく言われているので、どんな嘘でも言い続ければ真実になると言ういいモデルケースになっている。

実際、そんな薄っぺらい包帯のような痛々しい嘘をついてでも自分を守らねばならない程に、我々はすぐに死ぬ。装甲をちゃんとつけていた子供の頃の方がアホみたいに頑丈であった。

昔は、掘り起こされた古代兵器のような冷徹さでゴキブリを瞬殺していたのに今はちょっと狼狽えてしまうし、その辺に転がってたBB弾をチョコかと思って口にいれていたのに今は賞味期限が一日過ぎただけのシュークリームにびびって食べようかどうしようか迷っている。動物園で百獣の王、ライオンさんを見て「チンすれば食える」と思っていた強い心を取り戻したい。

子供の時は虚無から産み出せた友達も、今は酒と金を素材に錬金術を駆使しなければ作れない。その癖、子供の時に作り一緒に富士山の上でお握りを食べた100人の友達を富士山の火口に落としてしまうのが大人である。記憶力も衰えているので「子供の頃からぼっち」とか平気で言う。大人はみんなサイコパスだ。

防御を捨てた代わりに手にいれた物が諸刃の剣の為に、いらん苦労をしながら日々を泣き泣き過ごしている訳だが、この現状を打破する為に必要な物はやはり攻防一体の武器であろう。大剣でガードである。美人やイケメンであればその面がもう「攻防一体の最強の武器・エクスカリバー」なのでぶら下げて歩けばいいが、悲しい事に僕の面は「攻撃も防御も出来ないガラクタ・エクスカリパー」だ。

 

では、そのおおよそ地球向きのデザインでは無い顔を引っ提げてこのろくでもない素晴らしき世界で生きていく為にはどうしたらいいか。

知恵である。攻防一体の最強の武器…より一歩劣る代替え品、知恵である。

よく回る頭と語彙力、これが何より重要だ。多分。知らんけど。

 

語彙力さえあれば、説明等も楽に済む。僕には無いので「アンコールってなぁに?」と澄んだ瞳で聞かれても「あの~ほら、コンサートとかで一通り終わった後にこう…観客がもっと~ってやると、暫くしてから演者達がノコノコとステージに出てきて…何をするでもなく…なんとなく歌って…もっかい帰る…みたいな事をする奴だよ」となってしまい、最終的に「モミの木かお爺さんに聞きな」と丸投げして逃げるだろう。

前に「妙にSっ気を出してくる攻め」は嫌だなぁ的な話をしたが、あれも「先にこちらがSっ気を出す」と言う先制攻撃で相手の出鼻を挫いてやれば避けられる悲劇だ。

だが、前途の通り僕に語彙力はない。もう無理だ。

Sっ気を出そうとしても「お前なんか~あの、アレ。もう、なんだ?そのー、ほら。お前は~あれだ。ダメだ!ダメだお前は!!」みたいになってしまうし、これでは流石のMも「…お手本見せましょうか…?」と苦笑いを隠せなくなるであろう。

語彙力が無い奴はいつも心に架空のM男生き字引を持ち歩き事あるごとに「ここで…豚野郎…豚野郎…(小声」と仙波吉兆ごっこをして貰わなければSっ気の一つも出せないのである。ハードモードが過ぎる。

流石に心にM男を忍ばせるのは…と言う場合は、語彙力をあげる為に「猿でも分かる女王様」みたいな本を買って勉強するしか無いと思うが、この手の本は見つかったら地獄だ。

「わ~勉強頑張ってるんだなぁ」と思って貰えたならいいが、「…本当はこういう本みたいな事を言われたいんじゃ…」と自分の性癖だと勘違いされたら、とんでもないすれ違いが生まれてしまうし、すれ違い=お別れの季節である。いつでも恋はすれ違った所から終わる。知らんけど。

こっちが一生懸命に語彙を仕入れてきても、相手は「こいつ…、偉そうに、俺にアイアンメイデンされたいんだろ?とか言ってるけど本当は頭ピーマンのモロキュー野郎、ママのケツでも舐めてな!って言われたい側の人間なんだよな」と思っている事になるのだ。これが終わりで無くてなんだと言うのか。

 

語彙力の無さはあらゆる事に障害をもたらしにかかる。

例えば僕が「将来は警察官になりたい!!」と思った所で、左右の区別がつかない語彙力の無い男がパトカーに乗ったら、どうなるか?ファンファンとサイレンを鳴らしながら拡声器を持ち「右か左に曲がりまーす、右か左に曲がります、どいてー、どくか止まるかいい感じにしてくださ~い」と叫ぶ羽目になるだろうし、立てこもった犯人を説得する時も「なんか~あの~…大変っすよね…でもあの~その~…嫌だなぁって思う人とか?その、どっかにいる誰か、お母さん的な…そう、お母さん的なのがこう…ふえーんって…なるんじゃない…かなって…思うんですけどねぇ…」みたいな感じになってしまう。これでは全米も犯人も泣かない。当然「カツ丼食うか?」とか小粋な事は言えないので「美味しい奴食べる?」となってしまうだろう。

犯人を捕まえても「なんかすごく悪いことをしたアレで逮捕だ!」となるし、記者会見を開いても「なんかすごい悪いことをした奴をマックで捕まえました!」となる。警察官への道は諦めるしかないだろう。

語彙力がないせいで夢の一つを諦める事になるのである。悲劇。

 

本当なら大人になる過程で自然と語彙力って奴は高められ、防御力がマイナスに差し掛かってからも戦えるようになっていると言うのが自然の摂理の筈だったのだが…時代が悪い。そう、インターネッツが!

我々が野山を駆け回り、太陽の下で皆でお歌を歌っていればこんな事にはならなかったのだが、残念ながら電脳世界で終始真顔のまま「ワロタ」とか言い続ける時代に生まれてしまった。

インターネッツと言うのは、実に簡単に「自分の好きなもの」を見つけられる素晴らしき世界である。しかし、「自分の好きなもの」と言うのは一番語彙力がいらないコンテンツである。「尊い」とさえ言っておけばなんとかなるし、もう一言なんか言いたいなと思ったら適当に「死」とか言えばいい。好意が一周二周と回り続けると語彙力が熱暴走を起こして、大好きな美少女アイドル15才に向かって「体つきが経産婦みたいでエロい」とか貶してるようにしか思えない誉め言葉を量産する不具合が出るのだが、そこまで辿り着く奴は稀だ。

インターネッツのコミュニケーションなんてものは「こん」「よろ」「おつ」「あり」「死ね」さえ言えればどうとでもなるので語彙力なんて物は鍛える必要が一切ない。

いつの世にも天才と言うものは存在するもので、「2文字を五個覚えれば問題ない」世界線において「分かる」「それな」と言う更に一歩踏み込んだコミュニケーションを実現させながら、一切語彙力を使わないと言う人類には早すぎたオーバスペック言語を産み出してしまった事でより語彙力の死滅を早めてしまった。罪な事である。

 

僕がウダウダと枯渇した語彙力を振り回して搾り取ったカス汁みたいな文章ですら「分かる」と言われればその時点で終わりだ。勝てない。

インターネッツ上だけで言えば、争った所で口喧嘩で収まる事が殆どなので、如何に本人たちとしては燃え盛る本能寺の中で殴り合いと言う心境だったとしてもどうって事は無いのだが、この宇宙はどうかしてるので、インターネッツで死滅した語彙力をリアルに持ち出して戦わなければ餓死と言う意味不明な設定となっている。

語彙力の無くなった奴同士がリアルでエンカウントするとどうなるかと言うと、燃え盛る本能寺の中で殴り合いと言う事になってしまう。これも子供の頃だったらお互いにバリアーもビームも繰り出し放題の無敵状態なので結果として双方無傷と言うことで事が終わるが、大人はカスなのでバリアもビームも出せない。己の拳一つでTHE暴力と洒落こむしかないし、それで勝利したとしても待っているのは「すごく悪いことをした罪で逮捕」である。

 

語彙力がなかったと言うただそれだけの事で人生はデッドオアダイだ。

語彙力さえあれば、勉強も部活もうまく行き、彼女も出来て嫌いなアイツは行方不明になる。

そして語彙力を手にいれるのに最適なのがそう、みんな大好きシンケンゼミなのである。

当然俺もやってた。おかげでこの有り様だ。

 

 

 

スーパーウルトラダーククロニクルキャノンを放て

今週のお題は「残暑お見舞い申し上げます。」らしい。

年がら年中クリスマスツリーが売られる平成の乱世に生まれ育ったシチーボーイなので、季節感とかよく知らず、残暑とか今の段階で申されましてもこの暑さがあと一ヶ月は余裕で続くだろうと予測してる身としては、残り香引きずりすぎ、重たい彼女みたいとしか思えないので、全然お見舞い申し上げる気にも申し上げられる気にもならないので却下とする。

大体暑さ寒さも彼岸まで等と言う寝言をいつまでも信じてるようではダメだ。

言葉はうつろいゆくもの…。もう全然彼岸までじゃないんだから大人しくそれを認めて残暑とかそういう概念は消して行こう。最終的に墓参りとかそういう行事が消え失せてくれたら万々歳である。

 

僕が小学生の頃に、空前絶後の雑学ブーム的なのが来ており、なんかのテレビで「潮時」の本当の意味はどうたらこうたらとほざいていたのを当時から天才であった僕はちゃんと覚えており、潮時の意味を答えよ的な問題が出たときにばっちり回答し、見事に不正解を貰ったときに「本当の意味」とかそんな物は糞食らえなんだなと学んでしまった為、何の恨みもない残暑とかにも噛みついてしまう。

 

まぁ、これ以上見えない敵…組織を相手にバチボコやっても仕方ないので話を変えていく。

見えない敵やら組織やらと言うとテンプレ的な中2病っぽいイメージを受けるが、僕のこの手のイメージは全てフィクション、もしくは「ネットのあるあるネタ」から貰ったものなので、実はみんながどの程度本気で言ってるのかよく分かっていない。

少なくとも僕の回りに右手に包帯を巻き封印がどうとか呟く奴は一人もいなかったし、教室の中に組織と戦ってそうな奴もいなかったし、ノートに暗黒邪竜ダークネスウイングドラゴンを書いてる奴もいなかったと思う。

確かにそういうのに憧れてしまう気持ちはあるかも知れないが、それを表に出すかどうかと言うと我々奥ゆかしいと言われるジャパニーズには些か厳しいのでは無かろうか?

それとも、僕が生まれる前のおおらかな時代のお話なのか?しかし、僕が生まれる前はもっとオタク文化への風当たりが強かったと言うし…いや、実際そういう人の学生時代の話は目を覆いたくなるような物が多くはあるのだが、思春期の照れ屋マインドを打ち消してまでその背に暗黒の翼を纏ってしまうと言うイメージがどうしても湧かない。

 

しかし、フィクションと一蹴するには余りに「本当にあった怖い話」として語られまくってしまっているのだが…。どちらにしろ本当に邪眼がどうとかみんなの前で言い出したのだとしたら「邪眼」が無かったとしても「本物」に違いはない気がするが、リアルだとしたら手に終えないのでこの話はやめよう。

もっとフランクな所、話を大きく広げて黒歴史の話をしたい。

酒の失敗とかうっかりやらかしたアレソレとかは所詮全て笑い飛ばせるのでどうでもいいとして邪眼よりも遥かに難易度の低い黒歴史、創作活動の話である。

 

糞寒ポエムを筆頭とした、野生のツムギスト達が当時は一生懸命作ったであろう、世界に無数とある黒歴史であるが、あれを黒歴史と呼ぶのはちょっと早計なのではないかと思う。

正確には「既に過ぎた歴史」として語ろうとしているのが、ちょっと待とうかボウヤと言う感じになる。

 

確かに、中学生の時に書いたポエムは、熱い。大爆笑出来るならいい方で、本当に普通につまらない上に恥ずかしいと言う悪夢を凝縮したような代物である事が多いと思う。

しかし、よーくよーく周りを見てみれば名曲と謳われる歌詞とかも曲無しで見ると結構寒々しいものが多い。

宇多田ヒカルが16だかなんだかの時に作った「ファーストラブ」なる曲も売れたからよかったものの「最後のキスはタバコのflavorがした」である。これをツイッターでオフパコおじさんみたいな感じの奴がよく分からん画像と一緒に書いていたら、どうか。

 

今で言うところの「大草原不可避」となるのではなかろうか?

校長先生がどれだけウィットに飛んだ小粋なジョークを飛ばしたとしても一ミリもウケないのと同じように、そもそもの先入観、「みんながいいと言ってる」とかが無ければ多分受け入れられない感じのアレである。似たような背伸びしまくったポエムを紡いでしまった奴はきっと世界に掃いて捨てるほどいる筈である。

ただそいつらは何も始まらず、宇多田ヒカルは始まったと言うだけの話なのだ。

つまり、ダメなのは中学生の時にせっせと紡いだポエムでは無く「お前」と言う話になり、お前がヘラヘラとさも過ぎ去ったかの様に語る黒歴史も振り向けばこんにちはと言う事になる。決して逃げられると思うな。

 

カカオ99%チョコとか言う、どう考えても食い物として成立していない物体ですら流行ってしまった様に、我々は「いい」と思ったら一直線だ。ペンパイナッポーアッポーペンとか言う何一つ面白くもないギャグがジャスティンビーバーがリツイートしただけで全世界を熱狂させてしまった様に先入観と言うものは本当に強い。

なんちゃらコンサルタントやらなんやらがビジネス戦略がどうのこうの偉そうに演説を垂れても本当はそんなもの必要ない。読モくずれみたいな奴等に「馬糞、さいこ~!!」と言わせれば女子高生達はこぞって馬糞を食い散らかし「これはこれでアリ」とか言い出すに決まっているのだ。

みんなの魂のポエム(笑)が黒歴史と成り果ててしまったのも、ジャスティンビーバーがリツイートしなかったせいであり、読モがさいこ~と言わなかったせいであり、キティちゃんとコラボしなかったせいなのである。

 

会いたくて会いたくて震えると言う一周回って完全に愛されてしまっている歌詞も「西野カナ」がよかったから売れたのであって、多分我々が心の底から「会いたくて会いたくて震える」と言う歌詞を閃き絞り出したとしても「黙って震えてろ」と綿矢リサに言われてお仕舞いである。

 

逆を言えば、一度でも「キテ」しまえば貰ったも同然。どれだけふざけた歌詞を書こうとも全米が涙しながら震撼し、日本中が熱狂の渦に巻き込まれ、マサイ族も空を飛ぶと言う事になる。

 

例えば今ここで僕が「大自然まもる」と言うアーチスト名で「広告収入って響きが好き」と言うアルバムを発売し

 

1.地図があっても道には迷う

2.謝って済むこと済まないこと

3.ちょうどいい菓子折りの選び方

4.開き直りの正しい角度

5.どれだけ安く酔うか?

6.鑑賞と覗きの違い

7.下を見続ける力

8.寒いなら、着なさい。

9.バーベキュー力

10.ソイツを黙らせる52の方法

11.風呂上がり、即便意

 

と言うセットリストをイソイソと詰め込んだとしても地球上の誰一人見向きもしないと思うが、これをドリームズカムトゥルーが発売したとしたら…どうか?

ドリームをカムトゥルーしてしまうのではないだろうか?転調に転調を重ね更に転調を繰り返す名曲に涙してしまうのではないだろうか?

 

つまりダメなのは「僕」と言うことになり、ドリームズカムトゥルーはすごいと言う事になる。僕がブレーキランプを5回点滅させた所で彼女には煽りと思われ暴行を受けてしまう事になるだけだか、ドリームズカムトゥルーは「あいしてる」のサインにする事が出来る。これが人間力の差であり、黒歴史を全うな歴史に変える圧倒的な力である。

下町の地を這うロクデナシである僕には当然そんな力は無いので一瞬で黒歴史に飲み込まれ、その癖10年後ぐらいにヘラヘラと「いい思い出」面でそれを語ると言う恥知らずっぷりを上乗せしてしまう羽目になるのだ。

 

しかしまぁ、世に出しさえしなければ評価はされない、つまり「自分がいいと思ってれば万事OK」と言う独裁国家が成立するので、当然黒歴史にもならない。

みんな平気な面で「俺が紡いだ…最高の魂<<ソウル>>を見てくれよ」と言えばいい。回りからは黒歴史と思われるかも知れないが、恥ずかしいのはソウルを見せられたソイツラの方であり、こちらが日和って恥じらいなんてものを出さなければ完全勝利と言うことになる。

初な生娘じゃあるまいし、いらぬ恥じらいを見せた所で一つも可愛くなんかないし、予防線をマリアウォールの如く高く打ち立てたとしても押し寄せる大量の草の前には無力、一瞬でラインを突破されて笑いのマシンガンで蜂の巣にされるだけなので、ここは胸を張ってツムギストソウルを打ち放ち、奴等の顔面を恥ずかしさでファイアーさせてやるのが一番だ。

「自分は一体何を戦っているのか…?」と空しくなるかも知れないが、そんなものは決まっている。

 

組織の連中である。絶対に負けられない戦いが、そこにはある。